湯治柳屋

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達

 

2018年をあらわす一文字を聞かれて、迷わず「達」と答えました。

「達成」の「達」。いつも、遅々として進まぬ現実にジリジリすることが多い私。でも、今だけは、「あぁ、ここまで来たんだなぁ」という感覚にじんわりと包まれています。

 

柳屋がオープンして、この冬ようやく五年を迎えようとしています。五年前。オープンの準備をしながら、支配人を務めてくれるRさんに「どんな宿にしたい?」と聞いてみた。そうしたら「ブルータスに載るような宿!」と答えたから、なんとも彼女らしく爽快な答えだなぁと笑いながら、「だったら私は婦人画報に載るような宿!」と言って返したのでした。それは、二人にとって本当にたわいない会話。将来の夢を聞かれた子供が「サッカー選手」や「野球選手」と答え、「だったら私はバレーリーナー」と勢い余って口にするような現実感のない憧れの話。だけどそれは、上質なもの・本物を知り求める人に届くような仕事をしたいという、お互いの理想を確認できた場面だったし、そういう雑誌を読むような感度の高い人達と出会っていきたいという思いも分かち合えた。

 

柳屋の立ち上げに全力を注いでくれた彼女は、三年すると今度はサリーの総務(らしき)仕事をはじめてくれた。それまで思いだけでつながり組織として成立未満だったサリーが、少し会社らしくなることができたのは彼女の尽力のおかげ。私はきっと一生彼女に恩を感じる。その彼女がとうとうサリーを退職する直前、ブルータスの温泉特集の小さな記事に、柳屋のことを紹介してもらえた。小さな小さな記事だったけれど、ブルータスには違いないし、憧れのPさんの文章だったから、これから独立していく彼女へのせめてもの餞ができた、ということにしたかった。

 

そして、この秋。信じられないことがおきた。「カーサ ブルータス」からの取材依頼! ウォーーーッと叫びたいような、小躍りして回りたいような。5周年という節目に、自分達が自分達の思い描いたところまでたどり着いていたことを知ることができ、ひとしおの感慨。

 

別府をテーマとする特集記事の取材先について、鉄輪のまちでぜひお勧めしたい場所や、「泥湯」「蒸湯」「砂湯」の変わり三湯巡りなどの提案もさせていただいた。私の鉄輪愛・別府愛を思い切り編集者にぶつけた。あまりに張り切りすぎて、本当にその日がやってくるのか、心配になったけれど、ライターさんもカメラマンさんもちゃんと鉄輪に降り立ってくださった。校正を経て、ついに本になった「カーサ ブルータス」が届いたのは、12月12日、発売日の前日。扉の裏にはホカホカ地獄蒸しの写真。特集記事の表には朝焼けに染まる鉄輪の湯けむりと、薄雲の広がる別府湾の写真。こんな美しい別府の写真を撮ってくださったのはお二人の情熱があってこそ。早朝から夜遅くまで、別府の街を精力的に駆け回っていらした。柳屋の記事は、お向かいの宿を改装してオープンしたばかりの「アパルトメント」の一室を中心に。等身大に今の柳屋を伝えてくださっている。きっとこの記事を通して、また新しい素敵な出会いがやってくる。同じアンテナをもって今を生きている人との出会い。楽しみ。

 

「カーサ ブルータス」に載ることができた。彼女の夢をようやく本当に叶えることができた。もうそれだけで十分に満たされた気分。

 

それなのに・・・ カーサブルータスの取材依頼から一月半後。夜遅く、事務室で並んで仕事をしていた奈々さんが「ぅえぇぇっ」と何とも言えない叫び声をあげた。その理由が婦人画報からの取材依頼と聞いても私は、『すぐに喜んじゃだめ』と自分の気持ちをギュッと抑えた。「ほんと?ホントにほんと?」と確認をせがみ、ホントに本当、2019年3月号の取材とわかって、「キャーーーーッ」と声をあげ両手を天に突き上げた。夢とも言えない夢だったのに、一度口にすると、だんだんそれが大事な願い事になっていて、婦人画報の温泉特集があったり、九州特集があったりすると「あぁ、ほんのそこまで取材に来られているのに・・・」と、まだまだ目に留めてもらえない柳屋の存在に少し落ち込んだり・・・叶わぬ片思いにシュンとしたり・・・しかし、とうとう柳屋のことを見つけ出してもらえた!五年の節目にこんな機会をいただくことができた!

 

いつも、まだまだできることにばかり目がいって、仕事にきりが見えません。でも今は、この5年間、その時々に自分たちのできることを精一杯、妥協なく取り組んできたことに対して、ねぎらわれご褒美をもらったようで、じんわりとした達成感に包まれています。

 

ようやく踊り場に立ち、辺りを見渡すことができる感覚を味わったのも束の間。あの時の二人の夢をともに叶えていただいてこうして本になって出版されたものが手元に届くと、もう新しい出会いが予感されてきます。そしてまた、新しいステージに向かって動き出しつつある柳屋を感じるのです。

 

ehko